ドクター山内の漢方エッセイ

くらしに役立つ東洋医学
連載原稿 山内 浩






肝臓病と漢方治療の役割


肝臓の主な病気としては、ウイルス性の慢性肝炎(B型、C型)、肝硬変、肝癌のほか、脂肪肝、アルコール性肝臓病、特殊なタイプとして、自己免疫性肝炎、などがあげられます。

1)慢性肝炎と漢方治療の役割

慢性肝炎は肝炎ウイルスの持続感染によって起こる非常に経過の長い病気で、20年、30年を経て、その一部が肝硬変へ進展します。さらに肝硬変から一定の割合で肝癌が発症する(C型の肝硬変からは年間7−8%の発癌率)、とされています。

昔多かったB型肝炎は、近年、ワクチンによる国家的予防対策が確立されたため、わが国ではどんどん減っており、慢性肝炎の大多数(80%)がC型になってきました。 
このC型慢性肝炎にたいして、もっとも有効な治療法はインターフェロン(IFN)による抗ウイルス(ウイルスの駆除)療法です。最近では、ペグ・インターフェロン(週1回注射)とリバビリン(薬品名レベトール。毎日内服)の併用療法によって、従来難治性とされてきた、「1型でウイルス量が高値」、の患者さんでもその半数以上が完治できるようになりました。しかし、一方でIFNの効果が不十分な例や、合併症、副作用、高齢などのため使用できない例もいらっしゃるのが現状かと思われます。

漢方治療の役割としては、第一に、患者さんの自覚症状や愁訴を改善し、苦痛をとって、全身状態をよくし、生活の質(QOL)を向上すること。第二に、西洋薬と協力あるいは併用しながら、肝機能検査値の改善、安定化をはかること。三番目に、肝病変の進行をできるだけおさえ、長期的な生命予後をよくすること、などがあげられるでしょう。

2)慢性肝炎、肝臓病に効くおもな漢方薬

柴胡剤(さいこざい)、補剤(ほざい。気血の不足を補う薬)が中心に用いられ、漢方的診断にもとづいて、駆お血剤(くおけつざい)、清熱利胆剤(せいねつりたんざい)などが必要に応じて併用されます。
柴胡剤とは、抗炎症、自律神経安定、免疫調節作用などがある柴胡という生薬が主役になっている方剤です。小柴胡湯(しょうさいことう)、柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)のほか、大柴胡湯(だいさいことう)、加味逍遙散(かみしょうようさん)、などがあります。私はかつて、とくに若い人のB型肝炎では、小柴胡湯がよく効くことを認めました。しかし、中、高年以降の慢性肝炎では、小柴胡湯が適応する人はあまりいません。
また、慢性肝炎では、お血(おけつ)といって、顔色が褐色調となったり、手のひらに紅斑がみられますが、お血を除去する漢方薬の桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)や当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)を柴胡剤に併用して有効です。
加味逍遙散は、訴えの多い人や、更年期障害に有効ですが、中年以降の慢性肝炎や肝硬変にも良い処方です。気分を楽にして、気や血を補う作用があり、長期投与できます。

さらに漢方では、肝と胃腸(脾胃)との関係を重視して、胃腸の方から肝臓を治す治療法があります。肝疾患が進むと、胃腸の消化吸収機能も低下しますので、予防の意味で、あるいは「未病を治す」という漢方的考え方から胃腸の手当をしておきます。胃腸が丈夫であれば、肝疾患も進みにくいと考えるわけですね。
そこで、補剤の六君子湯(りっくんしとう)や補中益気湯(ほちゅうえっきとう)などが肝疾患にもしばしば用いられます。
最近のC型肝炎では、中高年の人が多く、柴胡剤よりも補剤があう人が増加しているようです。

3)肝硬変では虚を補う治療法

肝硬変とは、種々の原因で起こった肝臓病の終末像ですから、一般に体力が低下した『虚証』に傾きます。
肝機能がまだよく保たれている代償期の肝硬変では、慢性肝炎に準じた漢方治療をおこないますが、肝臓全体の機能の予備能力が低下しており、無理がききません。
疲れやすい、からだがだるい、食欲がない、腹部の膨満感、便通がスムーズでない、などの訴えが多くなってきます。そこで、虚を補う補剤で症状を改善します。
               
肝硬変が進んだ非代償期では、腹水、浮腫(手足のむくみ)、黄疸、栄養状態の低下などが認められます。                                      
補中益気湯のほか、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)、人参養栄湯(にんじんようえいとう)、人参湯(にんじんとう)、などの補剤とともに、茵蔯五苓散(いんちんごれいさん)などの清熱利胆(利湿)剤などを併用すると有効です。漢方薬の応用、長期併用によって、患者さんによっては利尿剤の減量ができた例や、栄養状態の改善にたいへん役立つ例を筆者は病院勤務時代に多数経験してまいりました。
また、慢性肝炎、肝硬変では、定期的に十分な現代医学の検査(超音波、CT,胃内視鏡などの画像検査を含む)や処置をうけながら、気長に漢方治療することです。そうすれば、それなりの効果がじわじわとあらわれ、長期的な予後を良くすることができると思います。

4)その他の肝臓病

1.脂肪肝
過栄養、肥満にともなったタイプが大部分です。高脂血症、尿酸が高いなどがよく伴います。小食、和食とし、甘いものや揚げ物をひかえて、よく運動し、肥満の改善に努めれば治ります。漢方では、大柴胡湯、防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)などの、体力のある実証(じつしょう)タイプ、に適した処方が応用されます。

2.アルコール性肝臓病
禁酒、断酒すれば、通常、すみやかに肝機能が改善されます。漢方は補助的ですが、
黄連解毒湯(おうれんげどくとう)、五苓散(ごれいさん)には、二日酔いを軽くする効果があります(といって、飲み過ぎてはいけませんね)。禁酒できない人は、アルコール依存症の疑いがあります。

3.自己免疫性肝炎
自己免疫疾患の一種ですが、一般にステロイド剤(プレドニゾロンなど)の内服によって改善され、少量を長期的に維持投与して、コントロールする医学的必要性があります。
漢方では、柴苓湯(さいれいとう)などの柴胡剤、茵陳蒿湯(いんちんこうとう)などの利胆剤などを併用する場合があり、ステロイド剤の効果を高め、副作用を軽減する、などの目的で応用されます。