ドクター山内の漢方エッセイ

くらしに役立つ東洋医学
連載原稿 山内 浩






冬のかぜ、アレルギー性鼻炎の漢方治療と養生


今は真冬。毎朝、霜柱が立ち、殺風景な宇都宮(注:当時住んでいた)のわが家の庭では、薔薇やクチナシ(あの赤い実は山梔子、サンシシという生薬。消炎、利胆、鎮静の薬効があり、アトピー性皮膚炎の処方の中によく用います)が冬の陽ざしをせいいっぱい浴びて緑の葉を茂らせています。庭の芍薬(その根のシャクヤクは重要な補血薬。他薬と配合して鎮痙・鎮痛、収斂、月経調節、鬱血の除去などの作用があり、アトピーでも常用薬)は、枯れたようにみえる木々の根本から、えんじ色のふっくらとした新芽が何本も顔を出していました。そして牡丹(根皮のボタンピは消炎、鎮痛、鬱血除去作用)や連翹(果実のレンギョウは消炎、抗菌作用。湿疹の常用薬)の枝にも小さな蕾がすこしずつふくらんできています。春遠からじ、ですね。
私の生まれは沼津市(静岡県)ですが、中学1年頃まで東京に隣接する神奈川県の丹沢山塊のふもと、秦野(はだの)市で育ちました。ハイキングや登山でここを訪れた人も多いと思われますが、たばこ(当時)と落花生の産地で、市内には水無川(みずなしがわ)や葛葉川が流れ、とても自然の豊かな町です。郊外の小川では「ふな」や「はや」がよく釣れましたし、小田急線で2駅ほど行った、今の「鶴巻温泉前」駅からしばらく歩いて行った河原では小学生のころ(50年前ですが)、なんと「しじみ」採りに行った思い出があります。冬には通学の道すがら、大山(おおやま)や塔ケ岳の山なみの西寄りに、真っ白に雪化粧した美しい富士山を仰ぎ見ることができました。ゆくゆくは大都会をはなれて、こうした、できるだけ自然にめぐまれたところでよい空気を吸いながら、からだに優しい仕事をしたいものです。

さて、今年の冬もカゼやインフルエンザが流行しています。アトピー治療中にカゼをこじらせて困っている人も多いことでしょう。また、木の芽時、2月の中旬頃から発症しはじめ、春3月から激増し、4月いっぱいまで全国的に猛威をふるうのがアレルギー性鼻炎、結膜炎などの花粉症です。そこで今回はこれらにたいする治療法や養生について述べてみます。

●冬のかぜの特徴と漢方治療

かぜ(風邪、普通感冒、かぜ症候群などといいます)は種々のウイルスによって起こりますが、従来、大部分は呼吸器の感染症です。はじめは鼻、のど(咽喉)といった上気道の粘膜にカゼのウイルスが侵入し、増殖したため発病します(上気道炎)。上気道の粘膜は赤く腫れ、粘液腺から分泌液が増加します。そのため、クシャミ、鼻水、鼻づまり、ノド痛、声がれなどの局所症状とともに、一般にさむけ(悪寒)、発熱、頭痛、肩こり、筋肉痛、関節痛や食欲がない、からだがだるい、といった全身症状が程度の差はあれ、見られます。かぜの炎症が下部の気道(気管、気管支)に波及すれば、セキ、痰が多くなって呼吸もくるしくなり(気管支炎)、ときに肺炎を併発する例があります。
また最近は、はきけ、嘔吐、下痢、腹痛などを特徴とする胃腸型のかぜも増加しました。

さて、冬期のかぜは外界の寒冷刺激(寒邪)から身を守るために多くのエネルギーを消耗しやすく、体力が低下しがちなことと、冬の大気の乾燥(燥邪)によって上気道の粘膜の免疫力が落ちているため、鼻やのどから感染しやすく、また、いったんかかると長びきやすくなるようです。

漢方的には感冒を、ぞくぞく悪寒があって発熱する「寒証型」(傷寒型)と、発熱はあるが悪寒はほとんどなく、口が渇き、のどの痛みなどを特徴とする「熱証型」(温病型)に大別して治療します。「寒証型」では、寒邪に冒され発病した状態ですから、からだを暖め、発汗を促すようなくすりを用います。 感冒やインフルエンザにかかって発熱するのは、体が体温を上昇させてウイルスの増殖を防ぎ、治そうとするときの防衛反応のあらわれです。通常、熱が昇りきるまで寒けがあり、からだを温めると次第に一定の体温に達し、寒けはおさまります。さらに体を温めているとその熱は汗となって、それ以上体温は上がりません。じわじわと汗をかいている状態を数時間保っていると、次第に熱は下がり、かぜは治っていきます。つまり、「発汗療法」です。漢方薬としては葛根湯、桂枝湯、麻黄湯などが代表的です。

葛根湯(かっこんとう)は体力が中等度以上にある人(虚証でない人)で、悪寒、発熱、頭痛などがあり、首の後ろや背すじがこり、汗がほとんど出ない場合に効き目があります。葛根湯は『かぜには漢方、葛根湯』といわれ有名ですが、セキや痰をとる薬は十分に含まれていないことと、胃が弱い人への配慮がなされていない(薬味の麻黄、葛根は虚弱者には胃にこたえます)ので、感冒薬の代表選手とはいえない面があります。
これにたいして筆者が好んで処方するかぜ薬に、参蘇飲(じんそいん)があります。これは軽い消炎解熱薬、鎮咳去痰薬に胃腸薬が十分含まれ、虚弱な人、高齢者でも安心して使えます。軽症のかぜには総合感冒薬としてもっともよいと思います。

桂枝湯(けいしとう)は、ふだん体力がない人でかぜの症状が一般に軽く、汗がじわじわでやすいような軽症のかぜに用います。いずれもすぐのめるエキス剤の場合、熱い湯に溶かして飲んでください。さらにショウガ(八百屋で売っているヒネ生姜)のおろし汁を適量加えると飲みやすくなり、効果がまします。

麻黄湯(まおうとう)は、葛根湯よりも強力な発汗解表薬です。体力も十分あり、38度以上の高熱、強い筋肉痛や悪寒など、重いかぜに用いられ、若い人のインフルエンザ(傷寒型の重症感冒のかたちをとりやすい)などに適応します。麻黄湯を何回か服用後、発汗、解熱したら服薬中止といたします。ただし、高熱時でつらいときは、医師の指示により西洋薬の解熱剤(アセトアミノフェン、商品名カロナール、など安全性が高いとされているもの)を一時的に頓服してかまいませんが、あくまでもつらい発熱や頭痛の対症療法です。また、インフルエンザでは、強い解熱剤は副作用(ライ症候群など)の危険性があるため医学的に禁忌とされておりますので注意してください。 今年のインフルエンザはA型を中心にB型も流行の気配です。正月明けにすでにA型を何人か診断、治療しております。外来で迅速診断キットを用いて15分ほどでA型かB型か診断できます。両者に効く西洋薬が2種類(商品名:タミフル、リレンザ)あります。タミフル(内服薬)と漢方薬の併用も場合により相乗効果があります。2009年現在、10歳代の未成年には副作用(インフルエンザ脳症などの誘発?)の面から厚労省通達によりタミフルの投与は原則禁止となっています。しかし、リレンザ(吸入薬)なら投与OKです。
インフルエンザの予防には流行前のワクチン接種も大切ですね。地方自治体では65歳以上の高齢者住民にたいして、毎年10月から12月まで公費で安くワクチン接種をおこなっております(相模原市の場合、1000円)。小児や一般は自費となりますが、ワクチンは流行前に早めに打つのがおすすめです。小児や受験生は2回接種がおすすめです。
「新型インフルエンザ」の予防はまた別の次元の問題で、国家的予防対策が急務となっております。

次に、体力が中等度以下の人や中高年者で、寒けが強く、顔色も青白く、咳、のどのチクチクする痛みがあるような感冒には、麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)が用いられます。アレルギー性鼻炎でくしゃみや水様、透明な鼻水がとまらないようなときには、体力には関わりなくよく効きます。つまり、鼻炎の発症に冷えが深く関わっているのです。

さらに、熱証型のかぜですが、咽頭炎、扁桃炎などが典型的です。悪寒が少なく、熱が重い状態で、銀翹散(ぎんぎょうさん)などが有名ですが、中国でよく用いられ、日本でも同類のくすりが一般用漢方薬として市販されています。ただし、この病型は症状が重い場合は細菌感染や、混合感染が少なくないと考えられますので、医師としては西洋薬の解熱鎮痛薬や抗生剤、抗菌剤で治療すべき場合が多いのです。気管支炎や肺炎では当然、現代医学との併用になりますが、咳、痰、喘鳴などには小青竜湯、麻黄附子細辛湯、麻杏甘石湯などを漢方的な診断にもとづき、上手に併用するとつらい症状の早期改善と治癒促進にたいへん役立ちます。

●かぜがこじれたとき

かぜがこじれて治りにくい場合も漢方は有効な処方がいろいろあります。
感冒後のカラ咳が続く場合には、のどの乾燥を滋潤し、せきを止める麦門冬湯(ばくもんどうとう)など、痰の多い咳で不眠が続く人には竹如温胆湯(ちくじょうんたんとう)がよく、咳がおさまりよく眠れるようになります。ふだんのどが弱く、のどがイガイガしてカラ咳をする場合には柴朴湯(さいぼくとう)、いつも微熱があり、はきけ、のぼせ、胃のつかえや痛みなどがある場合は柴胡桂枝湯などを用います。からだがだるい、気力がでない、食欲がない、などには補中益気湯です。また、胃腸型のかぜで下痢が続く場合には、五苓散(ごれいさん)、柴苓湯(さいれいとう)、胃苓湯(いれいとう)、真武湯(しんぶとう)など、よい薬がそろっております。いずれも漢方に詳しい医師や薬剤師によく相談されたうえで試していただきたいと思います。 アトピーの治療との関係ですが、かぜの急性期ではまずかぜの治療を優先してください。スキンケアはできる範囲で行っていただきます。

●冬のかぜの養生

発熱時は原則として暖かくして休養するのが一番です。寒証型のカゼでは、温かいものを食べ、服薬後には発汗をうながすためにおかゆやうどんをすすり、ふとんをかけて寝ることです。部屋は暖かくして、乾燥を防ぐためにすこし加湿器をお使いになるとよろしいですね。民間療法では、卵酒(酒5勺に卵を1個落とし、煮てアルコールを飛ばしてから砂糖をいれてかき混ぜ、温かいうちに飲む)があります。また、たっぷりの長ネギと生姜をいれたスープや、市販の葛湯(くずゆ。吉野葛を用いたもの)の利用もよいでしょう。
かぜや発熱の発汗療法として、「脚湯法」があります。 つまり、足湯です。これは臥床し、ふくらはぎ以下の下脚を湯(摂氏40度、5分間程度から始めます)に浸け、膝から上は毛布やかけ布団で覆い、発汗させる方法です。江戸時代末期、漢方医の今村了庵(1824〜1890)は『医事啓源』という漢方医学書のなかで、脚湯について紹介していますので、わが国で古くから行われていたようです。ただ、現在では無理におこなう必要はないと思いますが、薬のないときの知恵として紹介しました。

感冒時の入浴については従来、禁止といわれていますが、もし微熱ていどで元気があれば、冷えないように十分注意したうえで短時間さっと入浴するのはかまいません。
いずれにしても、発汗したら失われた水分と適量の食塩の補給が大切です。脱水しないように十分に水を飲んでください。ビタミンCもかぜの回復を助けますので、食事で十分摂れないときは錠剤で補給してもかまいませんし、柿茶(柿の葉のお茶)を好きな人は多く飲むのも良いでしょう。
食事はあっさりしたものでよく、消化がよく、胃腸に負担をかけないものがよいですね。アトピーの患者さんで、正月にかぜをひき、おいしいごちそうが食べられなかったかわりに、湿疹が良くなった人がおられます。発熱、食欲不振で小食とならざるをえなかったのが幸いしたようです。かぜは体の大掃除なのかもしれませんね。
かぜをくりかえし引く人の体質改善には、漢方では、補中益気湯、柴胡桂枝湯、黄耆建中湯、柴胡清肝湯、荊芥連翹湯などが用いられ、これらはアトピーにたいする頻用処方でもありますので、漢方外来の患者さんの多くは知らず知らずのうちに丈夫になっていらっしゃいます。

●アレルギー性鼻炎、花粉症の対策

花粉症の原因や誘因については種々の議論があります。また、とくにスギ花粉症に対しては花粉をさけるために、外出時のマスク、めがね、つば付き帽子の着用、帰宅時の洗顔、うがいをはじめ、いろいろな方法があります。また、現代医学では新しい抗アレルギー剤が多種類応用され、点鼻薬、点眼薬も有効で、病状に応じて必要です。重症例ではステロイド剤の内服もおこなわれています。

 漢方では水毒と冷えがその発症にふかくかかわっていると見ています。つまり、鼻水や涙によって体に不用なわるい水を排泄するのだと解釈できる場合もあります。また、栄養カロリーの摂取過剰、多脂肪・動物性食品や砂糖の摂りすぎなども要因としてあげられるかもしれません。普段、和食を中心として、カロリーを控え、好きなお酒を減らしただけで花粉症が軽快した例が多いのは事実です。

 漢方薬では、花粉症の初期では、水っぱな、くしゃみにはカゼにも用いられる麻黄附子細辛湯がよく効きます。また、小青竜湯(しょうせいりゅうとう)やそれに加工ブシ末を加えたものも頻用されています。結膜炎、目の充血、痒みに対しては、越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)などが有効です。慢性期では次第に鼻水の粘度が増し、熱をもって粘膜が浮腫状となり、鼻閉が強まりますので、消炎作用のつよい麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)、辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)などが応用されます。難治例に対しては、漢方と西洋薬の合理的な併用療法がのぞましいと思います。実際に、漢方だけでも症状は軽減しますから、必要に応じてアトピーにも用いられている抗アレルギー剤ていどの追加で大多数例がコントロールできています。すでにアトピーの漢方治療をうけている人は症状が軽いですね。漢方と、そしてもしできたら食養を基本としてやっていけば、花粉症の治療と予防がかなりできるでしょう。
今回は漢方の説明にかたよってしまいましたが、それだけ漢方の出番が多く、皆様のご理解にお役にたてば幸いです。

別項の漢方エッセイ:「花粉症、アレルギー性鼻炎の治療法と養生」もぜひご参照くださいませ。

(初出:つるかめ先生のアトピー養生記 第5回、リボーン。一部追加訂正)