アトピー性皮膚炎と漢方併用治療(その1)私が地域の基幹病院(国立栃木病院内科)で漢方の保険診療を開始したのは約25年前でした。当時は消化器、肝臓内科の専門医の立場から胃腸疾患、慢性肝炎、肝硬変、そして内科の病気を主として治療にあたっておりました。その後、それまでの臨床経験を生かして都立大久保病院東洋医学科(漢方専門外来)に赴任し、新たにアトピー診療にも携わるようになり、早10数年になりました。ここではアトピー治療について、多くの患者さんの臨床を通して感じてきたことや、アトピーの漢洋併用による総合的治療の現況、そして私なりの養生の提案などをまとめて述べてみたいと思います。
【アトピーの治療方針】
さて、漢方治療をベースとしたアトピーの治療方針として、私は、 『アトピーはいつか自然に(本人の自己治癒力が発揮されて)治る病気である』 という大前提でアトピーをとらえるように努め、患者さんにもそのように説明し、指導しています。 漢方外来を受診されるほとんどの患者さんは、すでに多くの施設で治療をうけており、 しかも「難治性」となっている人が少なくないようですね。医師や現代医療にたいする不信感や不満からでしょうか、通常のステロイド外用剤(軟膏やクリーム、ローションなど)を含む皮膚科のスタンダード(標準治療)さえも拒否され、ステロイドの副作用に対する不安感、恐怖心を訴える患者さんは、日常しばしば経験されるところです。 その結果、炎症(アトピーの赤み、痒み、じくじく、など)が強い状態にあるにもかかわらず、患者さんによっては医学的に必要な抗炎症治療がなされないため、皮疹や痒みの改善がなく、いわゆるQOL(生活の質)の著しい低下をまねいていると考えられる人がいるのも事実でしょう。 さらに、今まで使用していたステロイド外用剤を医師の指導なしに自己判断で、あるいは「アトピービジネス」などの影響で、その他いろいろな理由によって急に中止してしまい(ステロイドは決して急に中止してはいけません)、その結果生じたステロイド・リバウンド症状(アトピー症状の急性増悪と炎症の持続)などに苦しみ、休学、休職などを余儀なくされたケースもなかには見られました。そういう患者さんには、「必ず治るよ」という大いなる希望をもって治療に臨んでいただくことがなによりも大切と考えます。 さて、約十数年前、都立大久保病院で「東洋医学科」を開設してしばらくの間は、軽症例が多かったのでしょう、アトピーは漢方処方中心の治療によく反応し、有効例が多かったのです。 その後、次第に患者数が増え、翌年、NHKの『クローズアップ現代』(「漢方の効き目」というタイトルでした)の中で、当時まだ少数派だった公立病院の漢方部門を担当する当科の存在が紹介されたころから急増しました。ひとりで年間数百例ものアトピーの新患を診るようになり、漢方だけではまったく歯が立たず、医学的にステロイド外用剤を必要とする難症、重症例の経験を積ませていただいたわけですが、そうした経験のなかで漢方の適応、役割、そして限界などが少しずつわかってきました。言いかえれば、多くの「アトピーの患者さんに教えていただき」ながら、進歩した現代医学と伝統的な漢方の恵みを上手に併用してゆくこと、そのような治療のありかた、具体的な方法こそ、患者さんにとってもっとも効率的で実際的な治療法である、と考えるにいたりました。 そこで、重症例の皮膚科専門医との併診、ステロイド外用剤の適切な使用、心療内科との連携、定期的な眼科受診、などを積極的に進めるようになったわけです。こうした院内、院外でのささやかなネットワーク作りや総合的治療によってはじめて、アトピーはコントロール可能な疾患である、と私自身が思えるようになったのです。 漢方を基本としつつも、強い炎症性皮疹にたいしては、ステロイド外用剤の医学的適応の判断とその正しいぬりかた、やめかた、について患者さんや家族に懇切丁寧な指導をおこなう、患者さん側はしっかり指導を受ける、ということがもっとも大切でしょう。 さらに、アトピーの特徴である乾燥肌・バリアー機能低下にたいする保湿剤などによるスキンケアは、同様にきわめて重要な治療です。最近では『プロトピック軟膏』(アトピーの炎症をおさえる新しい免疫抑制剤)もさかんに応用され、すばらしい効果をあげています。 アトピーの当面の治療目標としては、けっして完治をめざすのではありません。アトピーの症状はあっても軽微ないし軽度であり、一般の人と同程度の日常生活が十分に送れる程度にコントロールすることです。 【頻用される漢方薬のポイント】
1)湿疹、皮膚炎の皮疹に対する漢方薬 痒みが強い、湿潤傾向(じくじく、水疱)がある、赤み・熱感がある、という3点を目標に用いられます。また、乾燥肌にもすこし滋潤作用があります。 水分の多い乳児や、水太りの体質の人は皮疹の湿潤傾向が強く夏期に増悪します。アトピーに限らず、じんましん、痒疹など皮膚科の代表処方です。 化膿性炎症(おでき)の初期によく用いられますが、止痒作用と消炎、排膿作用があります。 また本処方は、アトピーでは消風散に比べると、浮腫(むくみ)、湿潤傾向の少ない皮疹、乾燥型で、冬季増悪するタイプに適します。 漢方エキス剤治療の場合、炎症が高度で、顔面の発赤、紅斑、熱感や、全身性の紅斑、丘疹、滲出液などが強ければ、例えば、消風散をベースに、白虎加人参湯、あるいは黄連解毒湯(下記)などを合方(ごうほう。二つの処方の併用)して、消炎作用を強化する例があります。 顔の赤み(顔面紅潮、充血)、ほてりが強く、口渇(煩渇)、多飲(冷たいものを欲する)などをしばしば伴うような、アトピーの急性期、増悪時には有効な処方です。 白虎加人参湯と黄連解毒湯、白虎加人参湯と治頭瘡一方、といった二種類の漢方エキス剤の組み合わせを用いる場合があります。 赤み、熱感、浸出液、痒みなど、消風散と同様の症状がありますが、消炎作用が主体であり、化膿傾向にも若干有効です。消風散とは異なり滋潤性の薬物は配合されていないため、アトピーの増悪時にも使いやすく、筆者も頻用します。 一般にアトピーの増悪時には便秘をともなうことが多いので、適量のダイオウ(大黄。便通をつけ、消炎作用もある瀉下薬)をよく加えます。治頭瘡一方にも少量のダイオウが入っていますが、ダイオウ含有の駆瘀血剤(くおけつざい)の通導散(つうどうさん)や桃核承気湯(とうかくじょうきとう、後記)を少量併用するのも有効です。 アトピーでは、顔面や眼瞼が全体に赤く腫脹したようになっているときに有効です(消炎利尿、止痒作用)。 抗炎症、止痒、イライラ・怒りやすい・自律神経系の過興奮症状を鎮める、などの目的で適宜併用されます。比較的少量でもよく効く例が多いようです。熱や赤み、充血をさます作用が強いので、冷え症には注意します。 また、化湿(かしつ)作用によって、乾燥肌を悪化させる場合もあります。 黄連解毒湯に四物湯(しもつとう)を合わせた処方です。 黄連解毒湯は熱と赤みをとり、四物湯は皮膚に潤いを与えます。乾燥型のアトピーで、少し赤く熱をもったような病態の皮疹に用いられます。 乾燥性湿疹では、当帰飲子(とうきいんし)+黄連解毒湯や、温清飲、およびその加減方である荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)、柴胡清肝湯(さいこせいかんとう)なども有効です。当帰飲子は四物湯の加味方で、乾燥して落屑(皮膚の皮がむける)があり、痒みが強く、赤みがないような病態(血虚生風という)に用います。赤みがあれば、黄連解毒湯を加えます。 加味逍遥散(かみしょうようさん)、四逆散(しぎゃくさん)などの柴胡剤(さいこざい)、抑肝散(よっかんさん)、半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)などの理気剤によって「気」の巡りを改善し、心理的ストレスの緩和をはかり、アトピーの治療効果をたかめます。甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)は興奮、激しい感情を鎮める作用によって掻破を改善します。 2)体質改善、全身状態の改善を行うための漢方薬 アトピー患者では、漢方的に気虚、脾虚(虚弱体質、胃腸虚弱、元気がない、慢性疲労、など)といわれる体質が背景にあることが多く、血圧は低血圧の人も多いように思われます。そこで補中益気湯(ほちゅうえっきとう)などの気虚、脾虚を補い改善する補剤(ほざい)をベースに長期間併用し、体質改善をはかってゆくと経過がよいのです。気虚の患者さんでは、胃腸が丈夫になり、疲労がとれて活動的になり、自己治癒力がアップして、アトピーへの治療効果が明らかに高まる例がこれまで多数経験されております。 また、感冒にもかかりにくくなり、皮膚局所の感染防御能の改善も期待できるわけです。 やせて虚弱タイプの小児アトピーに対しては、黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう)ないし補中益気湯を筆者は本治法(根治法)としてしばしば投与しています。 炎症の状態が長期に及んで、漢方的に津液(体に必要な体液)が不足した病態(陰虚)になれば、六味丸(ろくみがん)などの滋陰剤(じいんざい)の適応となります。やや乾燥し、比較的落ち着いている時期のアトピーで、やせ型タイプのものに本治法として用いられます。 女性で月経不順・困難のある人、あるいはアトピーの苔癬化(たいせんか)、肥厚の病態は漢方的に瘀血(おけつ)と考えて治療するとよいのです。桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)、桂枝茯苓丸加?苡仁(桂枝茯苓丸にヨクイニン、つまりハトムギを加えたもの)、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)、通導散(つうどうさん)などの駆?血剤を活用します。 温経湯(うんけいとう)は経験的に、手の湿疹にしばしば有効です。 手足、下半身の冷え症が強い人では、当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)なども用いられます。 |
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