ドクター山内の漢方エッセイ

くらしに役立つ東洋医学
連載原稿 山内 浩






花粉症、アレルギー性鼻炎の治療法と養生


いまは早春。私は大のコーヒー好きで、起床後の眠気さましにはもちろんのこと、一日四、五杯は飲んでしまいます。
コーヒーはエチオピア原産のコーヒーノキの果実で、アラビアに伝わり、当初は頭痛などのくすりとして用いられていたといわれます。
ヨーロッパに広まったのは十七世紀ころで、植民地政策の影響によって南米など世界各地で栽培され、日本には十八世紀にオランダから持ち込まれました。
しかし、わが国では定着しなかったようで、栽培も成功せず、本格的に好まれるようになったのは第二次世界大戦後のようです。
コーヒーにはカフェインが1.5%、ほかにタンニン、微量の蔗糖、ブドウ糖がふくまれています。疲労回復、眠気を一時的に去るにはよいわけですが、飲み過ぎは胃を痛めますのでご注意ください。
しかし、一仕事終えたときの一杯のコーヒーはなにごとにも替えがたく、コップ一杯の水とともに飲むと疲れを癒してくれます。

当今の喫茶店はさわがしく、落ち着けませんが、昔はクラシックの名演奏を聴かせる名曲喫茶なるものがあり、鈴木昶氏はご著書『続 くすり春秋』のなかで、「渋谷のライオン、新宿の田園は健在だろうか」と語っておられます。
ライオンには実は私も都立高校時代によく通いましたが、昨年末の忘年会帰り、道玄坂を右に曲がってすぐのところに、四〇年前と変わらない姿で健在でした(!)。
ちなみに田園は、いまでは新宿西口地下街で新店舗としてやっておられるようです。

さて、今回は、早春二月ころから五月ころまで憂鬱な鼻炎症状が続き、日本の国民病ともいわれる花粉症、アレルギー性鼻炎について私の臨床経験をまじえてふれたいと思います。


アレルギー性鼻炎、花粉症の症状と発症のしくみ

花粉症というのは、アレルギー性鼻炎のなかでも、原因(アレルゲン)となる花粉の飛散する季節にだけ症状がみられるものをさし、「季節性アレルギー性鼻炎」ともよばれます。
日本では1960年代からスギ花粉症やブタクサ花粉症が報告され、70年代以降、年々増加。いまや、国民全体の16〜20%以上が発症しています。花粉症のアレルゲンとしては、スギ(2月〜4月)、ヒノキ(3月〜5月)、カモガヤ(イネ科、春〜秋)などをはじめ、60種類にものぼるといいます。
一方、ダニ、ハウスダスト(家塵)、猫の毛などがアレルゲンとなり、季節と関わりなく一年中症状が見られるものを、「通年性アレルギー性鼻炎」といっております。

さて、花粉症では、発症初期の症状として、くしゃみ、水っぽい透明な鼻汁、鼻閉(鼻づまり)、という鼻炎の三大症状に加えて、目の痒み、流涙(なみだ目)、充血(目の赤み)などのアレルギー性結膜炎をしばしばともないます。
そのほか、のどの痒み、のどの発赤と痛み(咽頭炎)、皮膚の痒みと熱感、顔面の湿疹、頭痛などをともなう例があります。

花粉症の発症のしくみは、まず、花粉にふくまれる抗原成分が鼻粘膜の上皮細胞に入り込み、体がこれを異物と認識すると複雑な免疫反応によって、IgE抗体といわれるものを作りだします。

次に、抗原刺激が繰り返されると、鼻粘膜の肥満細胞の表面で、抗原とIgE抗体が結合、反応して肥満細胞の中にふくまれているヒスタミン、ロイコトリエンなどの化学伝達物質(ケミカルメディエーター)が一挙に大量放出されるのです。

最後に、このヒスタミンなどが知覚神経、血管の内皮細胞に作用し、くしゃみ、鼻水や、鼻粘膜のうっ血、浮腫による鼻閉をひきおこします(即時反応)。さらに、遅発反応として、さまざまな炎症が反復、持続して、治らなければ慢性化、重症化していきます。


アレルギー性鼻炎の現代医学的治療

治療目標は、苦痛なく日常生活が過ごせる程度に症状を消失ないし軽減させることにあります。
花粉症では、花粉を回避するためのいろいろな対策、グッズ(マスク、めがねなど)などが、通年性鼻炎ではダニ対策が従来、強調されてきました。しかし、これだけでは症状をおさえることは不可能ですので、適切な薬物療法が必要です。

前述した、ヒスタミンなどの化学伝達物質の遊離・放出をおさえるくすり(インタール、リザベン)、化学伝達物質受容体拮抗薬(放出されたヒスタミンが、神経細胞や血管内皮細胞に出現しているヒスタミン受容体に結合しようとするのを、競合作用によってブロックします)として「第2世代抗ヒスタミン剤」が有名です。
とくに後者はいわゆる抗アレルギー剤の代表薬として有効性が高く、眠気などの副作用がたいへん少なく、安全性の高いもの(クラリチン、アレジオン、タリオン、アレグラ、エバステル、アレロック、など)が開発され、現在一般に処方されている現況です。

花粉症の初期療法として、花粉飛散の一、二週間前から抗アレルギー剤(どれか一種類でよい)を予防投与して、そのシーズンの症状を軽くしようとする方法が勧められており、患者の約八割が効果ありと報告されています。
症状が発現してからの治療を導入療法といい、やはり上述のくすりが有効です。
スギ花粉症では例年、三月中旬の前後十日間には中等度から重症の人の受診が増えますが、鼻症状の強い人にはステロイド点鼻薬が有効です。
また、結膜炎には、抗アレルギー剤の点眼薬(インタール点眼、パタノール点眼など)が、症状高度のときは、一時的にステロイド点眼薬(フルメトロン点眼など)が用いられております。
重症例にはステロイド剤の内服(セレスタミン錠など)が短期間に限っておこなわれています。一方、ステロイド剤の注射は特別の医学的理由がないかぎり、副作用の面からおこなうべきではないと私は考えております。

漢方をベースとした花粉症の総合的治療

私は患者の体質、症状にあった漢方薬と、進歩した抗アレルギー剤などを上手に組み合わせれば大半の花粉症の治療、コントロールは容易であり、賢明な方法であると経験的に考えております。

花粉症の発症当初は、水様透明な鼻水がポタポタとあふれ、流れでて(漢方的に溢飲と表現される水毒の症状)、鼻粘膜の色調は蒼白な、「寒証型」が多いのです。このタイプは体が冷えた状態であり、小青竜湯(しょうせいりゅうとう)麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)がよく効きます。
いずれも体の内部や気道、肺を温め、体内に停滞した過剰な水分、むくみをとりのぞく作用によって症状を軽快させます。服薬後、早ければ10−15分ほどで効果がみられます。眠気はまったくみられません。
小青竜湯に附子(ぶし。加工ブシ末など)を加えると両者を合わせた処方となり、作用が強められ、高度の鼻水発作にたいしても頓服でよく効くのです。両者にふくまれる麻黄という生薬や、附子が体質的に合わない人がいます。その場合は、麻黄や附子は含まれていない苓甘姜味辛夏仁湯(りょうかんきょうみしんげにんとう)などを用います。

これにたいして、症状が長引き、あるいは体質によって鼻閉が強く、鼻粘膜も赤みを帯びて、鼻水はネバネバしており、のどの痛み、咽頭炎、結膜炎などをともなうものを   
「熱証型」といっております。
これは体が熱をもった状態ですから、消炎作用のある麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)清上防風湯(せいじょうぼうふうとう)桔梗石膏(ききょうせっこう)などが応用されます。
しかし、寒証と熱証とがいろいろな割合で混合して見られる場合もすくなくないのが実際の臨床です。個々の患者さんをじっくり診察したうえで両方のタイプのくすりを上手に併用することもよくおこなわれます。

これらの漢方はエキス剤(健康保険が適用)で十分に効きます。重症度に応じて医学的に必要な西洋薬(抗アレルギー剤、点鼻薬、点眼薬など)を追加、併用することでよい治療効果をあげ、QOL(生活の質)を保つことができると思います。

漢方薬による体質改善法としては、ふだんから体に過剰水分(水毒)と冷えをともなう人が圧倒的に多いように感じておりますので、冷え症、水毒の体質改善がポイントでしょう。女性では、冷え症、むくみやすい、生理痛、生理不順などに頻用されている当帰芍薬散などが有効な人が多いようです。

また、胃腸、消化吸収系を丈夫にしてアレルギーにたいする免疫異常を改善させる補中益気湯や、抗アレルギー、抗ストレス、健胃作用のある柴胡桂枝湯などの久服などが有用でしょう。
そして、アトピーなどの治療ですでに漢方を長く服用されている人は、体質改善効果がでてきておりますので、花粉症は軽くすむ例が多いでしょう。

症例提示: 通年性アレルギー性鼻炎

アレルギー性鼻炎(通年性)の1例を提示し、ご参考に供します。

患者さんは31歳、女性、事務職です。小児期からアレルギー性鼻炎の診断にて治療をうけてきました。その後、通年性のアレルギー性鼻炎となり、6年前、採血によるアレルゲン検査(IgE RAST)にてスギ、ハウスダストが陽性のため、それぞれ専門の病院で減感作療法を受けております。その結果、くしゃみ、鼻水、鼻づまりなどの症状は一時良くなりましたが、2年前に栃木県から上京後、症状が再発したということです。
昨年(200X年2月)に耳鼻科でレーザー治療を受け、短期間のみ有効でした。その後は放置。

200X+1年の夏から朝に水様鼻汁、くしゃみが再発。10月より高度となり、11月5日、私の漢方外来を受診しました。身長156センチ、体重43キログラム。生活はいたって規則的です。色白で、生理不順(おくれがち)があります。
診察所見では、舌診では淡紅色で、うすく白い舌苔、舌下静脈の怒張軽度あり。脈診では緊張のよい脈(弦脈)。腹診では、腹力は中等で異常ありません。
自覚症状では、疲れやすい、冷房がきらい、水分をよくとる、朝は起きにくい、
常時、鼻づまりがある、肩がこる。突然、くしゃみ、鼻水が出てとまらなくなる、などでした。

臨床検査では、血球検査正常、IgE(アレルギーの抗体検査)84単位と正常値。アレルゲン検査(RAST)ではダニ(4+)、ハルガヤ(−)、ブタクサ(−)、とダニアレルギーの関与が推測されました。

治療経過:
小青竜湯 6グラム(分2、朝夕食後)、当帰芍薬散 7.5グラム(分3、毎食後)の2種類の漢方薬(エキス剤)とともに、抗アレルギー剤1種類(クラリチン 1錠、夕食後)の併用を処方しました。ジュース類、果物などは摂りすぎないようにアドバイスしました。
2週後、非常によく効き、くしゃみ、鼻水は激減。からだが温まってきました。
5週後、朝に症状は軽度出現するが、漢方でコントロール可能となったため、抗アレルギー剤は中止としました。
8週後(200X+2年1月下旬)、生理不順が改善し規則的になり、全身的な体調もよくなりました。
寒い日の朝だけ、軽い鼻汁のみとなりました。小青竜湯は症状に応じて1日3回服用へ。
12週後、まったく順調。漢方のみでコントロール可能で、小青竜湯は1日2回くらいでよい状態です。冷え症もかなり改善してきました。
その後も、鼻炎症状がないときは当帰芍薬散のみの服用を続け、順調な経過をたどりました。
この患者さんの場合、鼻炎には小青竜湯と急性症状期には抗アレルギー剤の併用が有効でした。同時に体質改善には当帰芍薬散が生理不順、水毒、冷えなどの改善とともに有効であったと考えられました。

花粉症と食生活、養生

花粉症に限りませんが、およそアレルギー疾患の食生活では、なにを食べるかというよりも、なにを食べないか、なにを摂りすぎないか、ということが大切なポイントではないでしょうか。 一般に、ジュース、ビール、くだもの、甘味料などの摂りすぎは体を冷やし、水毒をもたらす食品といえます。
とくに、砂糖(白砂糖、チョコレート、ケーキなど)の摂取は、一時的でもよいのですからピタッとおやめになって、さらに小食(もっと食べたいと思う寸前で箸を置く、腹七〜八分目)にしていただくと、速やかに治りやすいようです。

たとえば夜遅く夕食をとる人は、朝食を軽めにするのが簡単な小食法です。前夜の食事が遅く、朝には食欲がないような場合はお茶、コーヒー、トースト1枚かおにぎり1個くらいにしてもよいというのが私の基本的考え方なのです。午前中は胃腸を休ませて排便、排尿をしっかりつけることが大切でしょう。お昼に食欲がでてきたらゆっくり食べればよろしいのです。私自身は夜が遅いので、朝は好きなコーヒー、生水だけで長年過ごしてきております(経済的ですね!)。旅館に泊まっても、朝はコーヒーだけ、という習慣です。先日、松本で信州大学医学部の同窓会に一泊で行きましたが、ホテルの朝食バイキングはとても豪華でした。私は例のごとくコーヒーしかとらないので友人たちは具合が悪いのか?と心配してくれました。漢方の医者がそういうことではいけない、といってくださいますが、実は学生時代からの習慣なのだよといって納得してもらいました。医者の不養生(!)かもしれませんが、朝は食べたいと思わないので午前中はあまりカロリーを入れずに、排泄の時間、頭を使って(?)医者の仕事をする時間、と割り切っています。事実、水分だけとっていても何度も排尿いたします。
胃腸虚弱体質もあるのでしょう、私は朝に食べてしまいますと眠気が差して仕事にならないからでもあります。朝から元気で食欲もりもりの体質の人はどうぞしっかり召し上がってくださいませ。食欲がないのに無理に食べないほうがよい、ということです。

また、冷え対策としての靴下の重ね履き、ブーツの着用、腹巻きなどはすすめられます。
養生体操としては、あおむきに寝て全身を左右に揺り動かす金魚運動(小型の運動器も市販されているようです)などがよいと思います。これは背骨のゆがみを無理なく調整して、自律神経の安定をはかり、胃腸の運動機能を改善する効き目があるようです。民間療法としては、経験的ですが、柿の葉のお茶の飲用(天然ビタミンCが多いようです)、紫蘇の葉の食用もよいようです。柿の葉のお茶は長年一家で愛用しております。

どうかご参考になさって、花粉症やアレルギー性鼻炎を撃退し、お元気にお過ごしください。 

(初出:つるかめ先生のアトピー養生記 第九回、リボーン。一部追加変更。)