ドクター山内の漢方エッセイ

くらしに役立つ東洋医学
連載原稿 山内 浩






体質からみた養生 ― ヒバリ型とフクロー型について


今は春。春眠、暁を覚えず。いくら寝ても寝足りません。春うらら、高校生のころ、暖かい陽気にさそわれ、授業をさぼって近くに広がる畑や林をぶらぶら歩き。やわらかな陽ざしときれいな空気を吸いながら草むらの上に寝ころがると、かすみがかった春の青空のあちこちから、元気なヒバリのさえずりがやかましく聞こえてきたものです。
当時、自分はからだや胃腸の不調になやんでおり、「あのヒバリのように元気になって、飛びまわりたい」、とけっこう真剣に思ったものです。そんなのどかな湘南の春も今は昔。何十年かぶりに訪ねてみると、あの畑もこの林も知らぬ間に住宅や道路にほとんど埋めつくされていました。

さて、人には生まれつきの体質というものがあるようです。漢方や西洋医学でも教科書的にいろいろに分類されております。要は自分の体質的な長所がどこにあり、短所、欠点がどこか、どこが弱いかといったことをみずからよく理解することでしょうか。それを健康維持、増進や病気治しに役立てることですね。漢方は体質を重視した医学です。いわゆる虚弱な体質の人は丈夫、頑健な体質に生まれ変わることはむずかしいでしょうが、それなりの養生に親しみ、必要に応じて漢方の助けなども借りながら、元気で長持ち、幸福な人生を送ることができると考えます。
著名な漢方医であった大阪の山本巌先生(故人)は、ご著書『東医雑録』のなかで、人間を大別し、朝から元気で丈夫な「ヒバリ型」と、宵っ張りでスロースターターの「フクロー型」の二つに分けてその特徴を述べておられます。今回はそれらを紹介しながら、体質を活かす生き方、養生を考えてみましょう。

●ヒバリ型は丈夫だが、中年以降に注意

ヒバリ型の人は、生まれつき体は丈夫なため、若いうちはめったに病気にかかりません。胃腸もたいへん丈夫で、食欲も盛ん、すこしくらい食べすぎてもお腹をこわしません。骨格、筋肉などの運動系や、呼吸、循環器系も丈夫で、体力があり、スポーツも得意でしょう。                              
朝は早起きで、朝食はいつもおいしく食べられ、午前中から活力にあふれています。仕事や勉強も能率良くはかどり、若いころは不眠などとは無縁です。どこででも、どんなに疲れていても、床に入るとすぐ眠りにつけて、翌朝はさわやかに目覚めます。                 
しかし、丈夫なだけに無理をかさねがちなのが欠点にもなりますね。体力にまかせて長年にわたり働き過ぎとなります。少しくらい体調がわるくても医者ぎらい、わが身をかえりみず、大丈夫だといって健診も受けたがらない傾向があります。             
人づきあいがよくて宴会好き。過食、飽食、アルコール過飲などが加わりやすく、肥満、高脂血症、肝機能障害(脂肪肝など)、高尿酸血症、高血圧、2型糖尿病など、いわゆる生活習慣病にかかりやすい傾向があり、中高年以降は意外とよくありません。後半生は動脈硬化性疾患、心臓病や脳血管障害で倒れる人が多くなるようです。日本漢方でいわれる『実証』のタイプ、体質に属すようです。

●フクロー型はスロースターターだが、長生き

それとは反対に、フクロー型では、体力がなく、ねばりがきかず、年がら年中、からだの不調を訴える人が多いのですね。からだがだるい、いつも疲れやすい、すぐ頭が痛む、肩が凝る、胃がもたれる、胃が痛い、はきけがある、めまいがする、立ちくらみ、手足が冷える、足がむくむ。夜はさっと眠られない(たとえ疲れていても)、など・・・・。                    
これらは、実はフクロー型の体質からくる自覚症状がほとんどで、検査をしても異常所見は見つからないことが多いのです。現代医学では自律神経失調症だ、不定愁訴症候群だ、神経症だ、心身症だ、女性なら、更年期障害だ、血の道症だ、などといわれやすく、西洋薬は強すぎてからだに合わないことが多いため、漢方治療を求める人がふえているのも特徴なのです。

朝は苦手で、いつまでも寝ていたい。日曜、休日は昼近くまで寝ている人もいますね。パッと起きられず、目覚めが悪い。目覚まし時計が鳴っても無意識に止めてしまう(!)。いつも学校や会社に遅刻しがち(私は研修医2年目のころ、しばしば通勤電車に乗り遅れ、タクシー通い!)。それでもやっとのことで起きてみると、近所のヒバリ型の奥様が、元気な声を立てて、掃除も終わり、洗濯ものを干しているのを見ると、いったいあの人たちはどうしてあんなに元気なのだろうか、自分はどこが悪いのだろうか、とフクロー型の奥様は思いなやんでしまうのです。                                         
朝は食欲がないのが普通で、食べる時間もない。午前中は頭が重く、春のかすみがかかったようで日中は仕事がはかどらない。しかし、時間の経過とともに午後からだんだん調子が上がってくるのです。
午後の3時を過ぎるころから元気がではじめ、夕方から夜にかけては最高調となります。食欲がでてきて、夕食はなんでもおいしく、またたくさん食べられる。いろいろな不定愁訴や症状もこの夜の時間帯だけは不思議となくなっている。要するに、スロースターターなのですね。しかし、夜早く寝ようと思っても、頭がさえて眠られない。夜中の1時ころになってやっと眠りにおちる。

山本先生によれば、子供のころから症状がでる人もいますが、20歳くらいから症状があらわれやすく、女性では最初の出産をしてからが多い、そうです。 30歳代がもっともつらい時期で、40歳を過ぎるとだんだんと訴えが少なくなり、60歳を過ぎるころにはほとんど元気になっています。そして、70,80歳と元気で長生きするのもフクロー型に多いようです。それは若いころから無理がきかず、肉体労働やスポーツ選手などにはむかないので、けが、外傷も少ない、からだを傷めることがすくない、暴飲暴食もしない(できない)。医者には比較的よく診てもらう方で、病気は初期のうちから手当をする。薬局などが好きで、ふだんから胃薬、ビタミン剤、サプリなどを愛用する人が多く、いろいろな健康法、養生にも自然に目が向きますし、親しむ、といったことも関係するでしょう。

●フクロー型の体質、症状と対策

体型は太った人(水太りタイプ)もいますが、ヤセ型が比較的多いようです。冷え性で、寒がりですが、夏より冬のほうが元気で過ごしやすく、夏の暑さにはとくに弱いのも特徴です。暖かい所にいると気分が悪くなりやすく、のぼせやすく、熱い風呂には入れないし、長風呂ができません。                                            
また、急に立ち上がるときにめまい《立ちくらみ》を起こしやすく、脳貧血をおこして倒れるのもフクロー型に見られます。頭重感や、慢性頭痛と肩こりを訴えます。血圧は低目で、起立性調節障害、起立性低血圧などといわれます。 息切れ、動悸を起こしやすい人もいます。     
胸のレントゲンをとると心臓はむしろ小さい(滴状心)ことが多い(心肥大と違い、医学的には心配ありません)。   
さらに、神経質で、からだのちょっとした症状が気にかかります。受験勉強や仕事など、やる気が十分あっても、体力がなく、からだがいうことをきかないため、ひとりで悩みがちです。運悪く、ヒバリ型のお医者さんなどにかかると、こうした諸症状を理解してもらえないことも少なくないようです。
そうした葛藤によって神経性胃炎、胃潰瘍や下痢、過敏性腸症候群になる場合があります。 

また、常に胃が悪く、胃の膨満感、痛み、はき気などを訴える人も多いのです。胃内視鏡では異常があまり認められないので、一応、胃の運動機能障害(機能性消化管障害)とされます。しかし、漢方医学では、むずかしい専門用語ですが、胃内停水(胃液が過剰に胃内に停滞しており、吸収、排泄などの水分代謝が悪い状態。胃にはいった食物が小腸のほうに排泄されるのに時間がかかるため、膨満感、もたれが生じます)や、心下(心窩部、胃のあたり)の水飲が停滞してさばかれないことが原因と考えます。また、この水飲が気の上逆(からだの下方に流れるべき気が逆に上にのぼってしまうことの漢方的表現)とともに体の上部(胸や頚部、頭部)へ移動する(目には見えませんが)ため(水気の上衝)諸症状が起こる、などと解釈されています。こうした胃や心下の水飲が停滞する原因として、胃腸虚弱体質(脾虚)がいろいろとかかわっています。
フクロー型の人に見られるこういった諸症状は、ごく軽度のものから重症なものまでさまざまです。実は若いころの私自身にもあてはまることが多いことを後年、漢方を学んでから理解できたような次第です。

このフクロー型の人に、漢方では、苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)という漢方薬(健康保険適用)がよく効く例が多いのです。
この処方が合う人では、めまい、肩こり、頭痛、倦怠感は短期間で軽減し、手足が温まり、朝はすぐ起きやすくなります。
胃内停水が減って、胃の膨満感、はきけ、もおさまり、気分は晴れやかに、体も軽くなり、勉強も仕事もどんどんできるようになります。
このタイプの人は世の中に20−30%もいるそうです。
アトピーの患者さんにも苓桂朮甘湯がよく合う人がいますね。体力がない、低血圧、不安感、不眠、立ちくらみ、上逆感、足の冷え、胃内停水などのうち、いくつかを目標に、単独または他の処方(胃腸を丈夫にする補中益気湯など)と一緒に処方させていただいております。

●ヒバリ型とフクロー型の生き方、養生

フクロー型では体力がないので重労働はおそらく無理でしょうね。朝から午前中がもっとも調子が悪く、夜にもっとも良いのですから仕事としては、作家、文筆業、美術家、デザイナー、イラストレーター、などの自由業や、いろいろな自家営業、その他、午後から夜にできる多くの仕事のなかから選択するのがよいといわれます。
もし朝に食欲がなければ、無理に朝食をとる必要はないでしょう。昼になってお腹がすいたら食べればよいし、夕食はおそらく食欲がでますからたっぷり食べられるでしょう。                                   
朝食はだれでもかならず食べなければならない、というのが常識とされております。しかし、私からいわせれば、人間の体質というものを軽視した考えではないでしょうか。朝食を無理に摂って午前中にだるさや眠気と戦うような人は、朝は消化吸収の準備が十分できない脾虚体質だ、と私は漢方的に考えるのです。朝食は軽くして、午前中は水分をがぶがぶ飲むのではなく、ちびちびと小量づつ多めに摂り、むしろ排便、排尿という、からだにとって不用なものをどんどん排泄させることにエネルギーをまわせばよいのではないでしょうか。

また、体質というのは親からうけついだ、あるていど生まれつきのものですから、フクローはヒバリになれないし、ヒバリはフクローになれません。
一般に、ヒバリ型では若いときは順調でよろしいのですが、年をとると大病にかかりやすいので困ります。
フクロー型はスロースターターで、若いころは体力がないため苦しみますが、年をとってからが元気のようです。
古来、有名な養生書を書き残したような人には、フクロー型が多かったようですね。
貝原益軒(漢方エッセイ参照)もたぶん、フクロー型の要素が多かったのでしょうね。
小生もフクロー型の一種のようで、若いころはたしかにしんどかったのですが、早60歳。朝は食べず(コーヒー、水、お茶、ときに野菜ジュースをのみます)、健康体操の運動器具には毎日かかり、忙しいときは昼食も忘れて没頭しがち(夕食だけ)、冬でも入浴後の冷たい水かぶりを欠かしません。無理にやっているのではなく、それが自分のからだに合っているから、気持ちよいからです。自分の体質の弱点を補強してくれ、疲れがとれるからです。もう40年、実践しています。それはもう、東洋医学的全体観への信頼なのです(盲信ではなく)。
頑健ではないけれども医者の仕事をなんとかこなしてこられたことは、多くの先人の残された医学、養生法のおかげと感謝です。

フクロー型と思われる人は、細く、長く、を信条に、生存競争はできるだけ避けること、人生の後半に活躍し、楽しむという目標を置いて、ゆったりとスローライフをめざしたいものです。私の場合は60からが医者として、本当の人生のような気がしていますね。アトピー患者さんとのおつき合いもあと20年はやっていきたいものです。

一方、ヒバリ型の人では、自分の体力を過信しないこと、食欲がよいので常に飽食を反省し、減食に努めること、体に異常を感じたら積極的に気のあった医者に相談され、おつき合いをすることをおすすめします。
体質に合った漢方も長くお飲みになるとよいでしょうね。肥満や食積、便秘傾向には、防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)、通導散(つうどうさん)、大柴胡湯(だいさいことう)などが体質改善によろしいのです。肥満改善には、朝食を減らし、昼は蕎麦などのシンプルな小食とし食べ過ぎず、夕食はできたら和食中心として、未精白米やいろいろな旬の野菜もとりいれた多品目の献立をゆったりとした気分で楽しくお摂りになるのが、藪漢方医からのささやかなお奨めです。朝、昼の摂取エネルギーをあえて少なくしますから、夕食だけはむずかしく考えず、しっかり食べてください。一日摂取量としては、1600カロリーくらいに自然に減らせることでしょう。                             
ヒバリ型、漢方的に実証のタイプのアトピー患者さんも多く、これらの漢方処方とともに、シンプルな食生活指導をさせていただいております。そして十分に便通をおつけになるよう、おすすめしています。さらに、入浴後の水かぶりも、若くて元気なのですから、どしどしなさってください。皮膚バリア機能の改善、自律神経バランスの回復によく効くと思います。

 今回は山本巌先生の「ヒバリ型とフクロー型」の論説をたくさん引用させていただいたことを感謝申し上げるとともに、体質を考慮した治療、養生のありかたについて拙い考えを述べました。皆様のご参考になれば幸いです。

(初出:つるかめ先生のアトピー養生記 第14回、リボーン)