ドクター山内の漢方エッセイ

くらしに役立つ東洋医学
連載原稿 山内 浩






『はあと』 vol.15  夏の胃腸障害の養生と漢方処方


日本の夏は地理的に欧米などの諸外国とくらべ、やたらと蒸し暑いのが特徴ですね。  
年間を通して降雨量が多いうえに、ながながと続く梅雨時には湿気(湿邪)が体の中にしのび込み、体内水分が過剰になるとともに水分の排泄もわるくなります。つまり漢方医学で「水毒」とか「痰飲」(たんいん)の証といわれる状態になりやすく、日本人の体質特徴です。高温多湿の気候のなかではすこし体を使っても汗が滝のようにでますが、汗をかいても体温発散は十分でないため、熱がこもり、不快感とともに体力を消耗しがちです。また、余分な水分が手足や体にたまりますので、体は重だるく、腫れぼったく感じられます。
さらに胃腸にも余分な水分があるので、胃が重い、もたれる、胃の膨満感、食欲低下、お腹がゴロゴロ鳴る、消化吸収がわるく下痢や腹痛をおこしやすいなど、胃腸が弱った症状、漢方でいう「脾虚」の状態になりやすいのです。

夏の胃腸障害はこうした脾虚と痰飲が関係して起こることが多いので、胃腸になるべく負担をかけないような生活習慣が大切でしょう。夏場はとくに胃腸に負担がかかりますので、もともと胃腸虚弱な人ではとくにビール、清涼飲料水、冷やした食物などの摂りすぎは脾虚、痰飲を助長しますので注意しましょう。夏でも水分補給には熱いお茶も愛用されるとよいのですが。また、きゅうり、トマト、なす、などの夏野菜には利尿効果もあるとされ、適宜召し上がってください。

さて、今や、エアコンによる適度な冷房は日本の夏には不可欠ですが、冷やしすぎない注意は必要です。とくに腰や足元からの冷えはお腹を冷やします。
夏の胃腸障害によく用いられる漢方処方をあげてみましょう。

六君子湯(りっくんしとう)は、脾虚を補い、体内の痰飲を除去する古今の名方です。食欲低下、胃のもたれによく効きます。平素、胃腸虚弱で虚証の人の体質改善にも長期投与されます。
平胃散(へいいさん)は胃腸の湿邪をとってお腹のはり、軟便、下痢を改善します。 
藿香正気散(かっこうしょうきさん:市販漢方薬)も夏場のかぜ、胃腸炎に用いられます。
安中散(あんちゅうさん)は胃腸をあたため、胃痛、むねやけ、腹痛、生理痛をやわらげる処方で、市販の漢方胃腸薬の多くに応用されています。
人参湯(にんじんとう)は体がとくに冷えて胃痛、食欲低下、下痢などがあり、六君子湯よりも胃腸虚弱な人に用いられます。
夏バテによる食欲不振、疲労倦怠感、軟便・下痢などには、清暑益気湯(せいしょえっきとう)が頻用され、早めに飲んでおくと予防効果があります。
夏場の急性下痢、嘔吐症、ウイルス性胃腸炎には五苓散(ごれいさん)、柴苓湯(さいれいとう)などが有効です。