ドクター山内の漢方エッセイ

くらしに役立つ東洋医学
連載原稿 山内 浩






『はあと』 vol.11  夏の下痢と漢方


漢方医学では下痢を『痢疾』(りしつ)と『泄瀉』(せっしゃ)に分類しています。痢疾は食中毒、赤痢のような細菌感染、あるいはノロウイルスのようなウイルス感染による急性の下痢(感染性胃腸炎)をさし、発熱、腹痛、嘔吐などを伴います。
泄瀉は発熱などの急性の症状をともなわない機能的な下痢をさし、その多くは胃腸虚弱体質(脾虚)や加齢(腎虚)などのため、胃腸の消化吸収機能が低下しておこる慢性下痢です。
今日、細菌感染性の下痢、急性胃腸炎の治療は抗生剤、抗菌剤が中心ですが、その場合でも「柴苓湯」(さいれいとう)、「半夏瀉心湯」(はんげしゃしんとう)などの漢方を併用すれば下痢などの症状の早期改善が認められます。          
一方、ウイルス性腸炎や感冒性下痢には抗生剤は無効ですが、漢方がけっこう有効なのです。「五苓散」(ごれいさん)、「胃苓湯」(いれいとう)、「半夏瀉心湯」(はんげしゃしんとう)などを併用すると、水瀉性下痢や嘔吐も早く止まり、経過がよいようです。

さて、夏に多い下痢といえば、痢疾のほかに、冷えによる下痢があげられます。『中寒』の下痢とも呼ばれ、冷たい飲食物の摂取と体、下肢の冷却が原因なのです。冷えた果物、飲食物の摂りすぎでお腹を冷やします。また、冷たいエアコンによって下肢を冷やしすぎますと、冷えた血液がお腹に帰ってきて胃腸を冷やすことになります。お腹は寒冷刺激によってひどければけいれん性の腹痛(寒疝(かんせん)という)が起こりますし、消化管の蠕動運動が亢進して消化が十分にされないので泥状便や水様便となるのです。これにも漢方が有効です。「人参湯」(にんじんとう)(冷え、下痢、泥状便、尿量が多い)、「大建中湯」(だいけんちゅうとう)(腹痛がつよくガスが多いとき)、「人参湯合真武湯」(にんじんとうごうしんぶとう)(水様性の下痢、腹痛、尿量減少)などがよくもちいられます。
ふだん、胃腸が弱く下痢しやすい体質の人では、「人参湯」(にんじんとう)、「啓脾湯」(けいひとう)、「補中益気湯」(ほちゅうえっきとう)、「六君子湯」(りっくんしとう)、「真武湯」(しんぶとう)など、その人に適合した漢方処方をいただくとともに食養生に心がけることによって胃腸を丈夫にしてゆくことができるでしょう。