ドクター山内の漢方エッセイ

くらしに役立つ東洋医学
連載原稿 山内 浩






慢性胃炎と過敏性腸症候群


■慢性胃炎に伴う多彩な症状
急性の胃炎には、H2−ブロッカー(胃酸分泌抑制剤)を含む西洋薬の効果が確実です。      
胃炎の中でも漢方のよい適応になるのは慢性胃炎(その大部分は慢性萎縮性胃炎です)に伴う上腹部を中心としたさまざまな自覚症状です。                                    
胃のもたれ、食後の上腹部膨満感、食欲不振、嘔き気、嘔吐、心窩部(みぞおち)の痛み、胸焼け、げっぷなどが見られ、長期間持続します。また、便秘や下痢などの便通異常や、食後にすぐ眠くなる、疲れやすい、体がだるい、ときにめまい、頭重感などの全身症状を認める場合もあります。
ところが、こうした自覚症状と胃炎の西洋医学的病態の程度とは無関係であることが多いのが実際のようです。胃に強い炎症や潰瘍が認められないのに、人によっては多彩な症状を伴う慢性胃炎の病態を現代医学では、NUD(non-ulcer dyspepsia 、「潰瘍のない消化不良」)、あるいは、最近、FD(functional dyspepsia,「機能性胃腸障害」)という概念で説明しています。
しかし、治療となると西洋薬では対症療法的、一時的な効果は認められますが、根本的な治療になりにくいのです。

■慢性胃炎・FDに効く漢方
漢方ではもともと胃腸虚弱体質で、消化吸収力が低下した病態を脾胃の気虚(脾虚)といい、朝鮮人参の入った処方を用いて治療します。 脾胃とは胃腸あるいは消化器系全般の機能のことで、気虚とは気=エネルギー・パワーの不足を意味します。脾虚に対する処方の中でも有名な六君子湯(りっくんしとう)は、体力のない虚証の人で、食欲不振、胃のもたれ、胃内停水(心窩部の振水音)などの症状を目標に用いられます。とくに食欲増進効果に優れ、久服することによって脾虚体質の根治療法になります。                                                           
体質的に冷え症で、腹痛や下痢を起こしやすい脾虚(脾胃虚寒)の人もいますが、お腹を暖めて治す処方が用いられ、安中散や人参湯が代表的です。                              
脾虚で頭重、めまいなどを訴える人には、半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)が適応します。これらは体力が低下した虚証のくすりですが、体力のある実証の人には黄連湯や半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)などが用いられます。
また、精神的ストレスが原因で発症したものには柴胡(さいこ)が含まれた処方(柴胡剤)がよく用いられ、虚証には柴胡桂枝湯、実証には四逆散などが適します。さらに、脾虚の人で手足の倦怠感、易疲労感が著しい例には補中益気湯が有効です。こうした漢方療法には、慢性胃炎という局所の病気の症状を治すだけではなく、弱った胃腸を丈夫にして、消化器系統の働きを正常化し、病んだ人のからだ全体を治していくという、独特の優れた治療効果があると思います。

■過敏性腸症候群と漢方
私自身が若いころに過敏性腸症候群で悩みましたが、だれでもかかりやすい病気です。過度の心理的ストレス、緊張や葛藤によって腸管のけいれんと腹痛、腹部の膨満感、腸内ガス貯留をきたし、便秘や下痢を繰り返すもので、純粋に機能的な病気といえます。
漢方としては、桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)がもっともよく用いられ、下痢にも便秘にもよく効きます。小建中湯はこの処方に飴を加えたもので、大変甘くて飲みやすく、小児の本症の腹痛にはファーストチョイスです。久服すると、胃腸が丈夫になり、体力がついてきますので、小児虚弱体質の改善にもしばしば用いられています。便秘とガス膨満が強いものには、大黄を加えた桂枝加芍薬大黄湯を用います。また、柴胡剤も有効です。
最近経験した、やせ型の女子高生の例ですが、一年来慢性の腹痛と便秘で悩み、しばしば校内で腹痛が起こるため授業を欠席していました。柴胡桂枝湯を投与して数日で腹痛が嘘のようにピタリと止まりました。以後、便通もよくなり、食欲も出て体重も適当に増え、健康的になり、再発を認めません。
このように漢方は、意外と速効性があります。もちろん、症例によっては西洋薬との併用や心療内科的アプローチも必要ですが、本症は慢性胃炎とならんで、胃腸の病気の中では漢方が効きやすく、漢方を積極的に試してよい病気であると思われます。