ドクター山内の漢方エッセイ

くらしに役立つ東洋医学
連載原稿 山内 浩






食欲の秋、食べ過ぎ 飲みすぎの対処法


●漢方治療と食生活改善で治癒した患者さんのお便りより

今は秋。あの夏のうだるような暑さ、通勤途上でも滝のように流れる汗、冷たいものをたくさん飲みたくなる激しい口の渇き、さらには冷やしすぎのエアコンの苦痛などからやっと解放され、ほっとされた人も多いことと思います。アトピーの湿疹も酷暑の影響で悪化しやすく、今年の夏も漢方治療を希望される初診の患者さんを多く拝診いたしました。                  
9月の中旬ともなると、朝夕めっきり涼しくなり、庭のほうから虫のすだく音が聞くともなく聞こえてくるころ、多くの患者さんの皮膚の状態は改善にむかうようです。藪漢方医からみても、日本の夏の高温多湿の環境がいかにアトピー性の皮疹や発赤、痒み、じくじく、などによくないかが察しられます。皆さんはいかがでしたでしょうか。                                                   
夏に弱い私は恒例の温冷浴や水かぶりで夏ばてをのりきりました。私の患者さんもけっこう水かぶりをやってみて爽快感を体験されています。これから冬にむかって寒くなりますが、温浴のあとの適度の冷たさの水かぶりは皮膚のはたらきを丈夫にし、痒みも減らしますので、我と思わん人は是非おためし下さい。

秋は、食欲の秋、実りの秋、天高く馬肥ゆる秋、それから読書の秋、ですね。
信州では新緑の美しかった落葉松の葉も10月には黄色に染まり、晩秋の気配がただよいます。学生(信州大医学部)時代の記憶では、11月初旬には北アルプスの峰々には初雪がみられ、そのころから上高地への道路は雪のため閉ざされます。その直前にひとり五千尺旅館(昔の)に泊まり、がらんとした部屋のガラス窓越しに見た月光に輝く冠雪の穂高岳の眺めは最高でした。
さて、日本の味覚の秋には美味しい食べ物がたくさん出回りますし、ついつい食欲に負けて食べ過ぎをしてしまいます。食べ過ぎをしたらすぐ反省をすることです。私はあまりきびしい食生活指導は性にあわずできませんが、過食をしたと思った翌日はできるだけ小食にすることです。一食くらいは抜いてみることです。朝食抜きの昼、夕2食でもかまいません。食べ過ぎれば翌日の朝はあまり食欲がないのが自然です。朝起きて両手を握ってみてください。もし、前日にくらべて十分に力が入らず、はれぼったく感じるような時は食べ過ぎの徴候とされています。過食に伴って塩分や水分が過剰なのかもしれません。午前中によく排尿することです。そのためには、起床後、洗面時にコップ1杯の生水を飲み、朝食はごく少量か、お茶くらいにして、その後はチビリチビリと水を飲むことがおすすめです。水を飲めば通常、自然に利尿は促進されます。漢方を処方されている人はそのまま漢方を服用して下さい。
お酒を飲み過ぎた翌日などは漢方医学的に水毒の状態となり、二日酔いは漢方でいう水毒・湿熱の重い状態で、はきけ、頭痛、倦怠感などを伴い、必然的に食欲は低下するわけです。ただし、アルコール依存症になってしまうと自然な感覚が麻痺してしまうようですが。

また、ふだん甘いものやお酒を摂取したときは早めにできるだけ水を飲むように習慣づけることをおすすめします。筆者は長年、コーヒー、お茶のほかは朝食をあまり摂りません(医者の不養生?!)。夜に食べ過ぎる傾向がないとはいえませんし、朝からもりもり食べてしまうと私のような本来、胃腸虚弱体質者はすぐ眠くなり、仕事にならないのです。個人的には、午前中は消化吸収よりも排泄が重要な時間だと思っているのです。科学的エビデンスはありませんので近代栄養学の常識に反するとお考えの人にはおすすめしません。しかし、日本型食生活の歴史をひもといてみても、遠い昔(江戸時代以前)の日本民族の祖先は一日二食(の穀菜食)だったのです。
二食しか食べられなかったのかもしれませんが・・・。

さらに、便通を十分につけることも大切ですね。アトピーの治療でも便秘は大敵です。湿疹の悪化時には便秘がちのことが多いものです。少なくとも便秘が悪化の一要因となる場合は多い、というのが臨床の実感なのです。                     
便秘に対しては食生活の改善も必要でしょうが、なかなか理想的にはいきませんので、できる範囲で努力していただきます。それとともに藪医としてはその人に合った緩下剤を処方し、服用していただきます。そして、毎朝、気持ちよく排便があるように習慣づけをすることが大切でしょう。

さて、今回は私の患者さんを一人紹介したいと思います。
現在、45歳の女性、Tさん、事務職です。私の外来への初診時は41歳。以下は、本人の手記を掲載します。

約20年前、22歳からアトピーが発病しました。その当時は、まだアトピー性皮膚炎という病名を聞いたこともなく、また、現在のようないろいろな情報もなく、単なる皮膚炎ですぐ直るものと思っていました。                               最初は手指から湿疹が始まり、皮膚科の医師から軟膏をハンドクリームのように使用するようにといわれました。もちろん、ステロイドホルモンです。ずいぶん使用していましたが、一向に改善せず、湿疹は次第に悪化して背中にも拡がってきました。 発病から何年かが経過した頃(25歳)、アトピーは世間の注目を浴びるようになりはじめ、ステロイドホルモンの危険性も報じられるようになってきました。そこでステロイド軟膏をへらしてみたところ、さらに悪化していきました。                        
もう、どうしたらよいかわからない! 当時、アトピー産業も活発となり、私もいろいろな情報を知り、30歳のころ、ある民間療法にチャレンジしましたが、その結果は悲惨なものでした。その治療のためにステロイドもやめてしまいましたが、顔、体、手足と全身に発赤、むくみ、痒みと滲出液が出て長くつづきました(筆者注:リバウンド症状だったようです)。その結果、34歳で会社も辞めることになり、寝たきりの状態になり、外に出ること友人に会うことすら避けるようになりました。そのころの夢は、普通に生活すること、街を歩く、買い物をする、友達に会う、そんな誰でもが当たり前にしていることが夢でした。
私もこのままでは駄目だと思うようになり、以前の会社に派遣で働くようになりましたが、痒みと痛さで辛い日々がつづきました。ある時(36歳)、台湾への家族旅行計画がもちあがりました。台湾は父の友人がいることから何度も訪れていましたが、私がこんなに変貌したことに驚いた様子でした。そんな私を案じて、帰国の日に知人はある漢方薬(筆者注:エキス剤、内容不詳)を手渡してくれ、帰国後も毎月くすりを送ってくれました。半信半疑で飲み続けていると少しずつですが症状がよくなる(尿量が増え、顔の赤みが減る)のを感じました。
だんだん漢方薬に興味がでてきました。台湾の市場に行くと食材と一緒に生薬も並んでいます。薬としてではなく食材として売られているそうです。これが昔から中国でいわれている『医食同源』ということなのだと思います。

日本で漢方治療はできないものか?ある時、私の住む街で漢方についてのセミナーが開かれました。私は最後まで残って主催者に相談してみると、その方は山内先生を紹介してくださいました。早速、診察に伺うと(注:当時の勤務先の都立大久保病院東洋医学科に) 「重症のアトピーだけどきれいになるよ」 と言われ、ビックリ! (注:全身の皮膚乾燥と発赤、痒みが強く、皮膚の肥厚あり)。                             
今まで医師に言われたことのない言葉です。とても嬉しかったし、とても救われました。  治療(注:漢方の煎じ薬、保湿剤。ステロイド外用剤は少量処方)を始めて何ヶ月もしないうちに痒みも少なくなり、発赤も軽くなって、ぐっすり眠ることができ、一年が経過した頃には人目を気にせずに温泉に入ることができました。

気がつけば先生に診ていただいて早や四年が過ぎていました。今では、ほとんどアトピーの症状が見られなくなりました。普通の生活がしたい、それ以上に私の夢がかなったのです。
一時的に症状が悪化した時も、私は漢方治療を中止することは考えませんでした。なぜなら、漢方によってアトピーだけでなく、全身的に体調が良くなったことを私自身が感じていたから、そしてなによりも山内先生の 「きれいになるよ!」 というお言葉が励みになっていたからだと思います。
四年もよく続いたといわれますが、少しずつ良くなっていくことが楽しみで、あっと言う間の四年でした。                                          今回の治療で、『前向きになること、良くなると信じること、感謝する気持ち、そして継続すること』 の大切さを私は身をもって学んだように思います。
今年の春に知人が来日した折り、すっかり良くなった私を見て、自分のことのように喜んでくれました。絶望的な日々から私を救ってくださった山内先生に感謝の気持ちで一杯です。

このたびこの便りを寄せていただいた患者さんは、経過中、ストレスや食生活の乱れなどで部分的に悪化することももちろんありましたが、少量のステロイド外用剤や、時に抗不安薬(不眠時)の使用で短期間に改善しました。また、和食を中心として、甘味類を減らすなど、食生活の改善にもいろいろと努力されてきました。漢方を基本としながら、アトピーはいつか 「自然に自分の力で治っていく」 疾患である、ということをこの事例は物語っているようです。そして、こんなに長期間、つたない私の漢方治療を信頼して受け続けてくださっていることに、むしろ筆者のほうから感謝したいと思います。
皆様の治療のご参考にしていただければ幸いです。

(初出:つるかめ先生のアトピー養生記 第3回、リボーン。平成14年10月)