ドクター山内の漢方エッセイ

くらしに役立つ東洋医学
連載原稿 山内 浩






『はあと』 vol.16  精神不安、うつ状態と漢方


近年、職場、学校や家庭内のストレス増加にともない、精神不安、うつ状態、さまざまな臓器の神経症などが増えています。古来、漢方薬にもこころの不調に用いる処方がありますが、漢方の作用はマイルドですので、一般に病状安定期に用いられます。また、向精神薬(抗不安薬、抗うつ薬、睡眠導入剤など)の補助療法として、あるいは副作用の軽減などにもこころみられています。明らかなうつ病、パニック障害などの場合には、現代医学の治療をかならず受けてください。

さて、漢方では不安、うつ状態にたいして『心身一如』(しんしんいちじょ)の立場から患者さんの身体的な症状を改善することによって、こころの状態も安定させることをめざしています。漢方では、こころと体は不可分で一体のものと考え、心身の調和とバランスを重視しているのです。

うつ状態の人では、まず意欲低下、食欲不振、疲労倦怠感などの『気虚』がよくみられます。補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、六君子湯(りっくんしとう)などで『気』(生命エネルギー)の不足を補って胃腸のはたらきを活発にし、体を元気にします。日常生活動作やQOL(生活の質)をたかめ、その結果としてうつ症状の軽減に役立つのです。さらに不安神経症では、『気滞、気うつ』といって気のめぐりがわるくなり、のどになにかつまっている感じ(梅核気)、胸のつかえなどがよくみられます。この症状にたいしては、半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)、香蘇散(こうそさん)などの理気剤(成分の厚朴、紫蘇葉などに抗うつ作用あり)がよく効きます。

また、『気の上衝(じょうしょう)』といって、下がるべき気が上にのぼってしまい、発作性の動悸、不安感、のぼせ、などの症状をおこす場合があります。この動悸、不安症状には桂枝(けいし:シナモン)、甘草、牡蠣(ぼれい:かきの貝殻)などの配合された柴胡加竜骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)、桂枝加竜骨牡蠣湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)、苓桂甘棗湯(りょうけいかんそうとう:『ノイ・ホスロール』として救心製薬から販売)、苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)などが用いられます。

加味逍遥散(かみしょうようさん)は俗に『血の道症』といわれる女性のストレス性障害、月経困難、更年期障害、冷え性などにひろく適応します。自律神経安定作用により不安、ゆううつ感、いらいらを鎮めるとともに、血行をよくし、生理前後や更年期のトラブルを改善します。パニック障害による胸苦しさ、予期不安やうつ状態には甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)や、上述の理気剤などが応用されます。

中年以降で血圧が高く、頭痛などをともなうようなうつ状態には釣藤散(ちょうとうさん)がよいでしょう。近年、認知症が増加しており、認知症自体を治すことはむずかしいのですが、その周辺症状(興奮、怒りやすい、不眠、うつ状態)にたいして、抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)、釣藤散、香蘇散などに一定の効果がみられます。

以上、漢方薬のこころの症状にたいする効果は西洋薬のように急速にみとめられるものではありませんが、その人の体質、臨床症状にあった漢方治療ないし漢方の併用は、長い目で見て心身の両面で役立つことが多いでしょう。